高木広子アナがフジテレビ退社!

CX(フジテレビ)の高木広子アナが本年末で退社され、化粧品会社を起業するそうです。

尤も、社長業と並行して、引き続きフリーアナとしても活動予定だそうで、現在39歳の高木アナとしては、40歳を前に、第二の人生に向けて決断された模様です。

高木アナは、杉浦広子さんとして、兵庫県姫路市に生まれ、日本女子大学附属中学校→日本女子大学高等学校→日本女子大学家政学部家政経済学科卒業後、フジテレビに入社され、、「ビッグトゥデイ」をはじめとした報道・情報番組のキャスターやリポーターに加え、「めちゃイケ」などのバラエティー経験もある女性アナウンサーで、外食産業の会社員の方との間にお子様が出来て、妊娠4ヶ月の1998年に結婚され、同時に休職されました。

2000年に復職された時には、旧姓の「杉浦広子」さんから、結婚後の「高木広子」さんの名前で番組出演され、4月から、土曜版のFNNスピークを担当されたものの、木幡美子アナの産休に伴って、11月末から平日版のFNNスピーク枠に異動され、2006年9月末までの約6年に渡って、メインキャスターを務められました。

この間の2001年には、残念ながら、親権を放棄されて離婚されましたが、その後も「高木」姓を名乗り続けられています。

2003年にはパチンコ関連会社を経営する3歳年上の青年実業家と不倫が発覚し、億ションに住まわれ、左手にエルメス、右手にシャネルのバッグ、腕時計はフランク・ミュラーというバブリーな姿で出勤する姿がフライデーされています。

2006年の年末からは、ニューヨーク支局に勤務され、2007年3月までの間、めざにゅ~やめざましテレビのニューヨーク中継まで担当されています。

その後帰国され、2007年の9月からは、「ハピふる!」のプレゼンターとなり、当初は月曜日の「私の分かれ道」というコーナーを担当されていましたが、途中から、火曜日の「きわめて旬食!」というコーナーを担当され、以前より食に興味を持っていらっしゃったことから、この頃フードアナリスト資格の取得を志された模様です。

2008年7月に岩手県沿岸で地震が発生した際、ロケのためにたまたま岩手県釜石市内のホテルに滞在していた為、その後の報道特別番組で、現地から電話生リポートも行っています。

2008年10月からは、「FNNレインボー発」と「BSフジ LIVE PREMIE NEWS」も担当。

2009年4月からは、フジテレビのアナウンス講座「アナトレ」の講師となり、5月からは、フジテレビの本社球体展望室等で挙式や披露宴を行なっている関連会社(Storia/ストーリア)に、ウエディングプロデューサーとして兼務出向となって、ウエディングプランナーや司会の仕事も行われています。

このストーリアは、東京・南青山サンタキアラ教会を拠点に多彩な挙式・披露宴を手がけていて、皆藤愛子ちゃんがイメージキャラクターを務めており、高木アナ自身も希望して、企画・立案などのプロデュースをしてきたのですが、その過程で、ウエディングプランナーとフードアナリストの資格も取得された模様です。

2010年6月には、21歳年上で、年商100億とされる人材派遣会社の会長(60歳)との再婚を発表され、六本木ヒルズにお住まいとのことです。

2010年12月には、ソフトバンクの内川聖一選手と翼ちゃん(長野翼アナ)との挙式をプロデュースされ、こうした経験を積む過程で、新規事業の醍醐味を実体験され、生来肌が弱いこともあって、フジテレビを退社し、興味のあったスキンケアに重点を置いた基礎化粧品の会社を2012年に起業することになったそうです。